着物文化を未来へ ― 新商品開発のきっかけ
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4歳の旭氏とべにや呉服店創業当初の写真(写真提供:NOI)
呉服店の娘として生まれ育った旭氏にとって、着物はいつも身近にある“日常の風景”でした。しかし、いざ呉服業界に携わるようになると、耳にするのは「着る機会がない」「高価で扱いが難しい」といった声。長く続いてきた着物文化が少しずつ遠のいていく現実を、肌で感じるようになりました。
「着物文化は、いつかなくなってしまうかもしれない――。そう感じたとき、“次の世代にこの文化をどう残すか”を真剣に考えるようになりました」
その想いに火をつけたのは、ある知人のひと言でした。
「日本が好きな外国人が、気軽にひとりで着られる着物を作ってほしい」
この依頼が、旭氏に“洋服のように着られる着物”という新しい発想をもたらしました。
旭氏は言います。
「日本人にとって着物は、冠婚葬祭や特別な日のための装い。着付けの作法やマナーを大切にしながら身にまとうものです。一方で、外国の方にとっては、羽織るだけでも“着物”と感じるように、そこに細かいルールはありません。だからこそ、私は“着物”を一度再定義してみようと思ったんです」
調査を進める中で見えてきたのは、「着物姿は凛としていて美しい」「日本人のアイデンティティを感じて着てみたい」といった声でした。
戦前には、木綿やウールの着物が日常着として広く親しまれていましたが、戦後になると経済成長とともにさらに洋服文化が浸透。呉服業界は高級志向へと舵を切り、絹の着物を中心に販売を行うようになります。その結果、着物は“特別な日の衣装”となり、日常生活から離れてしまいました。市場規模も最盛期の1割未満にまで縮小しています。(参考:METI journal online、有限会社きものと宝飾社公式HP)
旭氏は、そんな現状を変えたいと考えました。もう一度、着物を日本人の暮らしの中に取り戻したい。和服が持つ独特のシルエットや、内面の美しさを引き出す精神性を大切にしながら、現代のライフスタイルにも自然に溶け込む“新しい着物”をつくる――。
それが、旭氏が挑む「着物文化の再定義」への第一歩でした。
地場産業との連携で実現 ― 和歌山メリヤスの力

和歌山メリヤス(写真提供:NOI)
開発にあたり、旭氏が着目したのは和歌山の地場産業である「メリヤス」。Tシャツやスウェットのような編み生地で、伸縮性・通気性・耐久性に優れ、着心地が良い素材として全国でも高く評価されています。
「洗える、動きやすい、着回せる。そんな“現代の生活に合う着物”を目指しました」
こうして生まれたのが、洋服のように着られる編み生地の着物「KIMONOWEAR」。
上下が分かれた二部式構造で、誰でも1人で簡単に着られ、デイリーウェアとしても活用できます。
和歌山の素材を使い、和歌山の企業が開発したこの商品は、まさに地場産業の強みを活かしたイノベーションの成功例といえます。
“しくじり”から学んだ商品開発のリアル

KIMONOWEARを着用し、その魅力を伝える旭氏。「着物は日本人のアイデンティティ」と語ります。
とはいえ、旭氏にとって商品開発は初めての挑戦です。呉服屋での経験上、仕入れは得意でも、製造やコスト管理は未知の世界。
「業界の知識に加えて、商品開発の知識も乏しかったため、適当なロット数がわからなかったり、サンプルを発注し過ぎたりして、コストがかさんでしまいました。でも自分では、何がよくなかったのか、わかっていなかったんです」
そんなしくじりからの軌道修正のきっかけは、業界に詳しい知人や財団の職員の助言でした。財団の職員はヒアリングを重ねて課題を整理し、忌憚のない意見を述べ、冷静に判断するきっかけをくれたと言います。この経験から、旭氏は「新しい挑戦には、本音で相談できる専門家や支援者の存在が不可欠」と強く実感しました。
また、旭氏は「わかやま中小企業元気ファンド」の助成金を活用しました。
「元気ファンド事業の助成があったおかげで、想いを形にすることができました。KIMONOWEARを何度も試作する必要があったので、その試作費用や広告宣伝のデザインや動画作成などに活用しました。またクラウドファンディングMakuake(マクアケ)では、多くの人からご支援をいただく結果となり、ブランド立上げの大きな力となりました」(旭氏)」
商品開発のヒント
- 支援機関に早めに相談することで失敗リスクを減らせる
助成金の使い道
- 商品の試作費用、広告宣伝費用など
批判を恐れず、ハレーションを力に変える
KIMONOWEARを立ち上げた当初は、ダイレクトメールなどで「それは着物ではない」という否定的な声が届くことも少なくありませんでした。しかし、旭氏は、「“反発が起きなければ、それは新しいことじゃない”と励ましてくれた仲間の言葉が支えになりました」と語ります。
異端と呼ばれることを恐れず、自分の信じる方向へ進む。この姿勢が、今ではリピーターやファンを生むブランド力へとつながっています。
現在の購買層は、着物を着たことがない層が中心。
「着物を着てみたい」という憧れを叶える存在として、新たな市場を開拓しています。

ダイヤモンドプリンセス号寄港の出店イベントにて(写真提供:NOI)
地域とともに広がる、未来への展望
旭氏は現在、べにや呉服店の五代目若女将として店頭に立ちながら、KIMONOWEARの販売や認知拡大に取り組んでいます。
県内の取り扱い店舗や百貨店へのポップアップ出店も増え、大阪・関西万博の関西パビリオン・和歌山ゾーンにもイベント出店。偶然KIMONOWEARと出会った方の中には、「こんな商品を探していた」と即購入する方も多いといいます。

百貨店へのポップアップストア出店。上下セット55000円、別売29700円すべて税込価格(写真提供:NOI)

大阪・関西万博和歌山ゾーンにて。吉村大阪府知事も好感触(写真提供:NOI)
今後は地域イベントへの参加や衣装提供などを通じた“着物文化に触れるきっかけ”を広げる活動を続けながら、EC販売の拡充や海外展開も視野に入れています。

和歌山信愛高等学校の「和歌山再発見のフィールドワーク」に講師として登壇。 和歌山の地場産業であるメリヤスとMade in WAKAYAMAブランドとしてのNOIについて語りました。
「地域の人や海外の人が気軽に着物文化を感じられるように。そんなきっかけをつくり続けたいです(旭氏)」
伝統を革新する勇気が、地域を動かす
べにや呉服店の147年の歴史と、地場産業・メリヤスとの融合。
旭氏の挑戦は、「伝統×イノベーション×地域連携」の好例です。
地域の資源や技術を組み合わせ、新しい価値を生み出すこと。
それこそが、地方企業が持続的に成長するための大きなヒントではないでしょうか。

旭 真友梨 氏 プロフィール
べにや呉服店五代目若女将
着付講師、着付師
和歌山市駅近くにある明治11年創業べにや呉服店に生まれる。19歳で世界一周。自身の日本人としてのアイデンティティの薄さに気づく。海外ボランティアなどに奔走し、その後24歳で家業である呉服屋に本格的に入る。
日常的に着物を着るようになり、精神的に逞しく、肉体的に楽になることに気づく。「着物はからだにいい」「日本の風土と日本人の体にとって理に適った造りになっている」ことに気づき、着物普及活動に取り組む。2021年 ニット着物ブランド「NOI」代表就任。
| 会社名 |
NOI |
|---|---|
| 所在地 | 〒646-8211 和歌山県和歌山市西布経丁1-11 |
| 事業内容 | 着物・和装をベースにした洋服アパレルブランドの展開 |
| 創業 | 2021年 |
| 従業員数 | 0名 |
| URL | https://noi-japan.jp/ |
旭さんが活用した「わかやま中小企業元気ファンド事業」の詳細はこちら
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