CASE STUDY 事例紹介

「豊作貧乏をなくしたい」創業から9年で上場した和歌山県の起業家にインタビュー

株式会社農業総合研究所

創業からわずか9年で農業ベンチャー初の上場を果たし、青果物の流通総額が100億円を超えている企業が和歌山市にある。全国の都市部を中心としたスーパーマーケットで『農家の直売所』を運営する株式会社農業総合研究所だ。今、JR東日本や日本郵政との資本業務提携で急成長を遂げている。

今回、同社の創業者であり現代表取締役会長CEOを務める及川智正氏に、スタートアップの好事例といえる同社の創業の経緯やビジョンについて伺った。

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豊作貧乏をなくしたい

農業従事者の減少と高齢化、耕作放棄地の増加、食料自給率の低下など、多くの問題に直面している日本の農業。及川氏がこれら諸問題に危機感を抱いたのは東京農業大学で学んでいた頃のことだという。その後社会人となった及川氏は、一度一般企業に勤めたものの、やはり農業をやりたいという気持ちがあり、結婚を機に移住した和歌山でキュウリ農家をはじめたそうだ。

「仕組みが悪いから農業は衰退していっているんだろうと思いました。まずは現場で農業をやってみないと目に見えないことがたくさんあるんじゃないかと」

そんな及川氏は、農業をやってみてまず面白くないなと感じたという。自身の生産物は農協でグラムで買い取ってもらえるのだが、それがいつ、どこで、いくらで売られて、どんなお客様が食べているかはわからなかった。そのことに強い問題意識を持ったのだ。

「前職は営業をしていたので、常々『お客様の声を聞くことが仕事のやりがいにつながる』と考えていました。だからこそ、この『お客様の顔が見えない状態』をつまらないと感じてしまったのだと思います」

また及川氏は、『豊作貧乏』の状態も経験している。『豊作貧乏』とは、日本の農業市場が豊作になればなるほど、市場に流通する青果物が供給過多となり、市場価格が下落し農家の手取りが減ってしまう仕組みだ。

「農業の仕組みが悪いから、農家の担い手不足を招き、日本の農業が衰退していくのではないか。豊作貧乏をなくすことはできないか」

そう考えた及川氏は、「日本の農業を改革しよう」と決意する。

その後及川氏は、今度は販売者の立場を知るために、大阪で産直八百屋の経営者になった。すると今度は、農家のときに感じていた「できるだけ高く買ってほしい」という思いとは裏腹に、「できるだけ安く仕入れなければならない」というジレンマに陥ったそうだ。両方の経験があっても、立場が変わると考え方がまるで変わってしまうことに気がついたのだ。

そうして『生産者』と『販売者』の両方の苦労を身をもって経験した及川氏は、その両者をつなぐ『流通』の重要性に気づき、農業の流通を改革する会社を立ち上げることにした。

それが、2007年に創業した株式会社農業総合研究所だ。

財団のファンド事業で基幹システムを構築

その後、「日本の農業を良くしたい、豊作貧乏をなくしたい」との想いで、創業から9年で上場まで駆け上がった及川氏。いまや農業ベンチャーの起業家として有名だが、起業や会社経営、上場はそれ自体が目的ではなく、すべてビジョンを達成するための手段に過ぎないと強調する。

また、もともと及川氏に潤沢な資金があり、事業すべてが順調だったかというとそうでもない。

「まだ会社が小さいときですが、社員が全員辞めてしまったり、お取引先様のスーパーが倒産して売上が入金されなかったり。農家さんのくだものを売ったけど入金されなくて、みかんなら持って行っていいよといわれて、それを持って帰って駅で手売りしたりしていました。でも、今ではすべて笑い話です」と屈託のない笑顔を見せる。

創業当時の資金はわずか50万円。県や金融機関を頼り、また、公益財団法人わかやま産業振興財団(以下、財団)も頼った。そして、財団の『わかやま中小企業元気ファンド事業』を活用して『農家の直売所※』の基幹システムを構築した。

及川氏によると、行政や支援機関の後押しなくして今の状態はないという。

「わかやま産業振興財団様のおかげで会社をステップアップさせることができました。当時、担当の方が何度も事務所まで来てくださって、よく相談にのってもらっていました。時にはただ愚痴を聞いてもらうことも。財団様にはいつも前に進む力をもらっていたように思います」

都心のスーパーの一角にある『農家の直売所』コーナーを写した写真。階段状の棚に、大根・じゃがいも、にんじん、みかん、リンゴなど、様々な野菜が置かれている。段の上部には、「農家の直売所」と書かれた看板が掲示されている。

都心のスーパーの中にある『農家の直売所』。全国の集荷場から直送された新鮮な青果物が並ぶ

※農業総合研究所の「農家の直売所」とは?

「農家の直売所」は、全国の集荷拠点で集荷した新鮮な農産物を都市部のスーパーマーケット内に設置したインショップ(農家の直売所)に最短1日でお届け・販売する独自の流通プラットフォームです。生産者が農産物を規格にとらわれず生産し、自ら販売価格や販売先を決める自由出荷により、生産者の所得拡大やフードロスの削減、生活者にとっては安全・安心でコストメリットの高い農産物流通を実現しております。日本(国産)で流通している野菜・果物の実に約70%がスーパーマーケットで購入・消費されています。「農家の直売所」は、青果類の最大の販売チャネル(メインストリーム)である食品スーパーに設置することでより多くの生産者と生活者を繋ぐことができる新しいプラットフォームです。

引用元:株式会社農業総合研究所のホームページ内
紀の川集荷場の中を写した様子。小さな台車に乗った青色のコンテナには袋詰めされた野菜入っている。台車とコンテナは、床に引かれた青いラインに沿って、整列して並んでいる。

紀の川集荷場

システムの利用者に開示される成果物の販売情報画面を、作業車が操作している場面を写した様子。画面はタブレットに表示されており、タッチやスクロールで操作できる。

システムの利用者に開示される成果物の販売情報画面(一例)、相場情報は日々、同社の社員が店頭で成果物の販売価格をチェックし、データを更新している。

の川集荷場にオクラの納品に来た男性(小林さん)を写した写真。コンテナには袋詰めされたオクラが入っており、小林さんはコンテナのそばにしゃがみ、オクラの袋をひとつつまみ上げて、カメラに笑顔を見せている。

紀の川集荷場にオクラの納品に来た小林さん。和歌山で農業を始め、二年前に独立したことを機に『農直システム』を利用し始めた。「販売価格を自由に決められることが楽しい」と話す。

生産者と消費者をつなぐ

『農家の直売所』では、ITで生産者(農家)と消費者をつなぐプラットフォームを提供している。
生産者は青果物の市場価格や店舗情報などの情報を得ながら、青果物の販売先と販売価格を決めて所得拡大を目指す。

一方消費者は、手に取った青果物の生産者の情報を得ながら、生産者にリアクションやメッセージを送るサービスを利用できる(現在、関東圏を中心にサービスを展開)。生産者と消費者双方向のコミュニケーションを実現した格好だ。

また一般的な市場流通では、農家が青果物を出荷してからスーパーに並ぶまで3~4日かかるところを、同社は独自の物流により、出荷から原則1日での店頭出しを実現。農家の生産物を熟度や鮮度が高い状態で消費者の元へ届けている。

現在、全国の集荷場は97ヵ所、提携先は約2000店舗、約1万名の農家が登録(2022年7月時点)。
6月には、JR立川駅構内に期間限定で『農家の直売所』をオープンした。反響は大きく、今後も駅構内での出店を継続するという。

期間限定でオープンした農家の直売所(JR立川駅構内)を撮影した写真。膝丈程度の高さの商品棚の上には、葉物野菜やトマトなど、たくさんの野菜が山積みになっている。写真手前では、店員が、ミニトマトの品出しを行っている。

期間限定でオープンした農家の直売所(JR立川駅構内)

市場外流通と市場流通へ関与する

順調に拡大を続ける『農家の直売所』だが、及川氏はそれだけでは「豊作貧乏はなくならない」と認識している。

「当初、農家が販売先と価格決定権を持てば実現できるものと考えていましたが、まだまだ市場の相場価格の影響が大きいということがわかりました」

同社は2020年に産直卸事業を開始し、去年12月に「富山中央青果」と資本提携を結んだ。及川氏は「弊社が市場外の流通と市場流通の両方へ関与することで、余剰分を市場に流さない仕組みを構築する」と話している。

ビジョンの実現に向けて

同社のビジョンは『持続可能な農産業を実現し、生活者を豊かにする』こと。日本、そして世界から、農業がなくならない仕組みを作り、同社が『ビジネスとして魅力ある農産業の確立』を進めて豊作貧乏をなくすのだという。そのために、同社が農産物流通の全てに関与し、市場への影響力を持つことが必要だと考えている。

また及川氏は、同社の指標として、2035年までに流通総額1兆円を達成することを掲げた。今後も、事業を拡大しながら、他社との協業や資本提携、業務提携を行い、スピード感を持った成長を続けていくという。

起業をめざす人へ

「情熱さえあれば、誰だって、なんだってできる」
「まずやる。リスクを背負ってまずやる」

「起業はハードルが高いと思う人がいるかもしれません。でも、僕だってゼロから100億円の流通総額を作ることができた。様々な支援制度や手段がある時代です。情熱さえあれば、誰だって、なんだってできる。情熱を持ってぜひ挑戦してください」

また及川氏は「まずやる。リスクを背負ってまずやる」ことだと、力強く語ってくれた。

代表取締役会長CEO 及川 智正 氏の写真。オフィスに掲示された「株式会社農業総合研究所」ロゴの横に立ち、笑顔を見せている。ロゴの下には、「Passion for Agriculture」と、赤色で掲示されている。

代表取締役会長CEO
及川 智正 氏 プロフィール

1975年埼玉県出身。1997年に東京農業大学農学部農業経済学科を卒業後、1997年株式会社巴商会に入社。2003年に退職し、和歌山県で新規就農。2006年にエフ・アグリシステム株式会社へ入社。2007年に株式会社農業総合研究所を設立(代表取締役)。2016年農業ベンチャーとして初めて東京証券取引所マザーズに上場を果たす。2020年に流通総額100億円を達成

会社名 株式会社農業総合研究所
所在地 〒640-8341
和歌山市黒田99-12 寺本ビルⅡ 4F
創業 2007年
TEL  073-445-6610
URL https://nousouken.co.jp
業種 農産物の委託販売 農業コンサルティング
従業員数 280名(役員・パート含む)※2023年8月現在

同社が活用した「わかやま中小企業元気ファンド」の詳細はこちら
※この記事は、2022年8月31日発行「わかやま産業通信14号」に掲載した内容を転載し、web用に改修したものです。

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